ケン幸田の世事・雑学閑談(千思万考)

第百二十九話:「旧暦の基礎知識」 

2021/12/25
最終更新:2026-09-08
暦、特に旧暦には難解な言葉が多く、夫々の要素が複雑に関連し合って成立しており、理解を含めていくには難儀な分野です。
十二支一つとっても、時刻であり、年、月日、季節であり、また方角、色、天文学や占星術でもあるのです。
そこで、歴法、歴術の世界よりも、江戸時代を楽しむという立場から、暦の基礎知識に触れてみたいと思います。
 古暦欲しき人には舞らせん     服部嵐雪闇の夜に終る暦の表紙かな     与謝蕪村古壁や炬燵むかふのはつ暦     小林一茶人の手にはや古りそめぬ初暦    正岡子規 時間の表現には二種類があって、「子の刻」「丑の刻」というタイプと「九つ」「八つ」と呼ぶタイプとがあります。
前者は、主として武士が、後者は庶民が使ったようですが、はっきりとした区別はなかったようです。
前者は一刻約二時間という時間巾で分かりやすいのですが、後者はかなり面倒で分かりにくいので、簡単に言いますと、日の出を「明け六つ」日の入りを「暮れ六つ」と決め、夫々の間を六等分、一日を十二の刻で呼び、頭に「暁、明、朝、昼、夕、暮、夜」と言った趣のある用語を置いて、使い分けもしていたのですが、ややこしくなるのは、呼び名よりも一年を通じて昼夜の長さが違う事による煩わしさでした。
夏は明け易く、冬は暮れ早くなる不定時法が、季語にもなっている訳です。
 足洗ふてつい明け易き丸寝かな   松尾芭蕉せはしなく暮れ行く老の短き日   高浜虚子 明治六年太陽暦が採用され、これを新暦と呼び、それ以前の太陰暦を旧暦と呼び分けおり、我々現代人の持つ違いに対するイメージは、約1カ月余りずれているとするぐらいですが、祭りや行事には、無意識のうちに旧暦を取り入れているのが実情でしょう。
因みに、旧暦の三月三日の「ひな祭り」は、そのまま新暦でも取り入れたので、桃の花が咲かないことになってしまった訳です。
 一方、旧暦の六月一日は「富士詣で」「山開き」の日でしたが、季節に合わせる為、新暦では七月一日へずらしましたが、現実には数日のズレが生じております。
もっとも、新暦になって、煩わしさが解消した好例もあり、それは「年内立春」の解消でした。旧暦では、閏月が挿入される日があり(一年が十三カ月となることが度々生じた)、その結果として、年の暮れに立春が来てしまい、節分の豆まきなんてことが起こっていたのです。
 新暦採用のもう一つの隠れた事由は、明治新政府が財政難解消の為、月給制度だった官僚への給与が、(閏年には一か月分余分に支払っていた)
節約できたことでした。
いずれにせよ、直線的な新暦に比べ、旧暦には、啓蟄、夏至などの言葉から豊かな自然の流れが感じられるので、両歴のハイブリッドな生活を通して、我々は、人間力を高め、活力を生み出すことが出来ると言う利点に感謝すべきなのかもしれません。
 年の内へ踏み込む春の日足かな   北村季吟去年に似てどこやら霞む年の内   上島鬼貫