癌(がん)と発癌物質のニュースと解説

ふぐ毒が切り開いた神経伝達物質のメカニズム解明:
フグ食習慣がテトロドトキシン研究で世界をリード
海産毒素(1)

2026/04/04
最終更新:2026-09-09

超高価な食材として知られたフグも養殖の拡大により比較的身近になりましたがフグといえば誰もが連想するのはフグ中毒。
致死性毒を持つために、鉄砲、北枕、ガンバ(葬式のお棺ガンより)、ナゴヤ(尾張、終わり)などと死を意味する別称で呼ばれます。

フグ中毒はフグ毒のテトロドトキシン(tetrodotoxin)が神経伝達物質の出入り口、ナトリウムチャネル(後述)を閉鎖阻害するために、神経が麻痺して起こります。
この作用は植物毒にも観ることが出来ます。
植物の重篤な中毒は大部分がアルカロイドによって引き起こされる神経毒.アルカロイドの作用解明はフグ毒の解明から始まりました。

現在期待が大きいジコノチド(Ziconotide)(ブランド名:プリアルト: Prialt)は、イモガイのコノトキシン(conotoxin)を合成した非オピオイド系の鎮痛薬。
モルヒネの100倍以上の鎮痛作用を持ち、進行癌や帯状疱疹(ヘルペス)など、モルヒネや消炎鎮痛薬などが効きにくい激痛に対応するといわれますが、高価格と副作用問題があり日本で承認されるかどうかは未明です。

 
(写真左)そうしはぎ(Scrawled filefish:Aluterus scriptus)山口県下関近海産(写真右)そうしはぎ(Scrawled filefish:Aluterus scriptus)神奈川県相模湾江の島近海産有毒な「そうしはぎ」はカリブ、インド洋など暖海系ですが、近年は温帯の広い範囲にも生息し東日本でも珍しくありません。
内臓に猛毒(バリトキシン)があり、温帯で食べる人は稀です。
ウスバハギの親戚で大型.文様は生息域で多様に異なり、写真の二匹は美人系.
カワハギ系ですから美味しいですが「毒を持つ美人の代表格」ですから要注意.

 
フグ目 Tetraodontiformes カワハギ科 Monacanthidae
(写真左)ウマズラハギ(Thamnaconus modestus )
(写真右)カワハギ(Stephanolepis cirrhifer)いずれも食用種.1. 海産毒素が切り開いた神経伝達物質のメカニズム解明食通には厄介なフグ毒ですが、その生理活性解明から始まった神経毒(neurotoxins)の研究が人類に大きな恵みを与えていることは意外と知られていません。
世界唯一といわれるフグを食する習慣により、日本がこの分野で先端的な役割を果たしているのは感慨深いものがあります。


フグはその遺伝子が人間に類似する部分が多いためにフグ毒の研究を通じて、細胞膜のイオンチャネルの研究が進展したといえます。
イオンチャネルとそのタンパク質構造の解明が、その後の生命科学の発展に大きく貢献。
海洋性生物(Marine bioproducts)からは、フグ毒のテトロドトキシン(tetrodotoxin)を数百倍も凌ぐ非常に強い毒性と大分子構造を有するポリエーテル系(polyether)の天然有機化合物群が発見されています。
赤潮毒ブレベトキシン(BTX)、シガテラ食中毒の主要原因毒シガトキシン(CTX)およびマイトトキシン(MTX)に代表されるポリエーテル系の海産毒は、従来の常識を超える巨大な化学構造、桁外れに強力な生物活性(毒性)と作用の特異性を有することから、生命科学の幅広い分野で注目を集めています。

これら毒素の不思議で多用な生理活性から、神経伝達物質のメカニズム解明に重要な役割を果たすイオンチャネルの存在が確認されました。
これによって脳梗塞、テンカン、不眠症、認知症、アルツハイマー、パーキンソンなどの難病治療、高血圧の予防、モルヒネを上回る鎮痛薬などの新薬開発が生まれる可能性が高くなり、大きな期待がもたれています。
2. ふぐ毒のテトロドトキシン(tetrodotoxin:TTX)C11H17O8N3 :分子量3191964年に全貌が解明されたテトロドトキシンの毒素からはStaphyloccus, Bacillus, Micrococcus, Alteromonas, Acinetobacter, Vibrio 属の細菌などが原因物質として単離されています。

テトロドトキシンはふぐ毒(フグ毒)の原因物質として帝大(東大)の田原良純博士が最初に発見、1909年にテトロドトキシンと名づけました。
以後名古屋大学の平田教室などを中心に日本の海産毒の研究が発展します。
フグ毒は神経細胞膜のイオンチャネルにナトリウムイオンが流入するのを阻害することにより、神経を麻痺させます。
現在ではふぐ類以外にも数多くのテトロドトキシン含有動物(後述)が世界中より報告されています。3. フグ中毒発症はイオンチャネル(ion-channel)の閉鎖

イオンチャネル (ion-channel)はナトリウムやカルシウムなどが透過する細胞膜の小さな孔。フグ中毒のメカニズム研究が進んだことにより、フグ毒が神経伝達物質の出入り口を閉鎖して中毒が起きるチャネル(ナトリウムチャネル)の存在と、そのたんぱく質組成が確認されました。

この発見がその後の生命科学の発展に大きく貢献しますイオンチャネルは透過するイオンの選択性によりNa +チャネル(ナトリウム・チャネル)、Ca2+チャネル(カルシュウム・チャネル)等に分類されますが、この他にもカリウムイオン・チャネル(potasium channel)、塩素イオン・チャネル( chloride channel)というチャネルがあります。

ナトリウムチャネルとは
ナトリウム・チャネル(sodium channel)は神経や筋肉の細胞膜に存在し、主として電位差により、細胞内外のナトリウムイオンがこの孔を透過することで、神経や筋肉に興奮性の刺激を伝えます。
神経毒(neurotoxins)は、このチャネルを塞ぐことにより、細胞組織を麻痺させて中毒症状をおこします。

カルシウムチャネルとは
カルシウム・チャネル(calcium channel)には、L、N、P/Q型などの3種類が発見されており、それぞれ活性が異なります。
このうち、痛覚の神経伝達物質はN型といわれ、海産毒素コノトキシンにNチャネルを選択閉鎖する作用を持たせて新薬開発に繋げたのがこの記事第9項で紹介している鎮痛新薬のジコノチド(Ziconotide)です

  
 

4. テトロドトキシンを持つ生物


カリフォルニアイモリ(写真上)
(Taricha torosa 1964年)イモリ科(Salamandridae)
Taricha属イモリには毒を持つ種類が10種はある。
米国カリフォルニア州と太平洋岸に生息する。
毒を持つTaricha属には他にT.rivularis T.granulosaなどがある。
ツムギハゼ(Yongeichthys criniger 1970年代)奄美大島、南西諸島などに生息する。
ヒョウモンダコ類(Hapalochlaena fasciata, Hapalochlaena maculosa 1980年頃)
オーストラリア、南西諸島、南九州、伊豆七島、房総などに生息。

ヤドクガエル (矢毒蛙)
  


アテロプス(Atelopus属)
コスタリカ原産、中南米に生息します。
1975年にハーレクイン(学名:Atelopus chiriquiensis )の皮膚よりテトロドトキシンが分離されました。
毒液が知られている生物では最も毒性が強いといわれ、原住民が矢毒ヤドクに使用していたと言われます。
近似種に吹き矢の矢に使用される毒という意味のフキヤガエルが居ます。

テトロドトキシンとは異なりますがステロイド性アルカリ物質でzetekitoxinと命名された毒性物質がヤドクガエルの一種であるAtelopus zeteki(上の写真:独文献)から分離されたという報告があります。

スベスベマンジュウガニ(Atergatis floridus 1986年)
甲殻類オウギガニ科(Xanthidae)台湾など熱帯、亜熱帯海域に生息する。
沖縄、八重山諸島にも生息するウモレオウギガニ(Zosimus aeneus)やツブヒラアシオウギガニ(Platypodia granulosa)は猛毒温暖化により伊豆七島でも発見されていますから要注意.

ボウシュウボラ(Charonia lampas sauliae)
ホラガイ(Tritons)の仲間、フジツガイ科(Cymatiidae)
日本では中部太平洋沿岸地域に産します。(写真下)
5. シガテラ毒のシガトキシン(ciguatoxin:CTX)とマイトトキシン(maitotoxin:MTX)マイトトキシンは1996年にサザナミハギから検出されました。
渦鞭毛藻(Gambierdiscus toxicus)が産出する毒素の一つで、天然毒素(非蛋白化合物)では最大、最強といわれます。分子量3422渦鞭毛藻のGambierdiscus toxicusはシガテラ毒のシガトキシン(ciguatoxin:CTX)も産出します。
作用は細胞内のカルシウムの濃度の引き上げ。
カルシウムの透過性を高め、カルシウムチャネルを活性化させます。
全合成はいまだ開発途上。
シガトキシン(ciguatoxin:CTX)は別項です。下記をご参照ください.
https://www.botanical.jp/library_view.php?library_num=481

6.アオブダイ(Ypsicarus ovifrons)のパリトキシン (Palytoxin:PTX)
1981年に同定されたパリトキシンは渦鞭毛藻 (Ostreopsis siamensis)が産出する分子量2677の毒素。
腔腸動物、甲殻類、藻類に含まれますが、ハワイや亜熱帯地域などに生息するさんご礁の腔腸動物パリトア(Palythoa tuberculosa:イワスナギンチャク)から検出されて、パリトキシンと名付けられました。
パリトアの生息するさんご礁海域で中毒事故が多いといわれます。
日本も本州南部地域以南には生息しています。
前述のマイトトキシンと共に巨大天然物(非蛋白化合物)毒素の双璧。
サンゴ礁に棲むナポレオンなどアオブダイの毒として、シガテラ毒とは異なる物質の存在が、知られていました。
パリトキシンは、ナトリウムイオンの透過性を高め、ナトリウムチャネルを活性化します。
この作用はフグ毒テトロドトキシンの反対作用です。
1971年に成分が検出されて後、1981年に構造解明、1994年に岸教授(後述)により全合成されました。
下の写真に見られるように広い範囲のブダイがアオブダイと呼ばれています。
 
アオブダイによる食中毒はこれまで 長崎県、兵庫県、三重県尾鷲市三木浦港(死亡1名)、愛知県津島市(死亡1名)及び高知県などにおいて9件の発生が報告されています。
合計39名の患者のうち3名が死亡していますが、原因物質の分離は出来ませんでした。
分析技術が進歩した最近になり、これがパリトキシン(PTX)
による中毒ということが判明しています。(各県の保健所等の報告)7.麻痺性貝毒 のサキシトキシン(saxitoxin:STX)1975年に同定されたサキシトキシンは渦鞭毛藻属が産出する毒素。
米国などでは、バイオ兵器として研究されていました。
北半球の太平洋、大西洋沿岸に発生する赤潮の渦鞭毛藻類属(Alexandrium)3種類(Alexandrium tamarense、Alexandrium catenella、Gymnodinium catenatum)が主原因といわれます。
フグ毒テトロドトキシンと活性や中毒症状が類似しています。


フグ毒はじめ多くの麻痺性貝毒はプランクトンと総称される渦鞭毛藻類属(Alexandrium)の赤潮から産出されますが、赤潮は春から夏にかけて大量発生し、冬に終息します。

渦鞭毛藻類属は神経細胞のナトリウムチャンネルを特異的に阻害します。
麻痺性貝毒 (Paralytic Shellfish Poison:PSP)と呼ばれるサキシトキシンには、構造がやや異なるネオサキシトキシン(neosaxitoxin、neoSTX)、ゴニオトキシン(gonyautoxin、GTX)など、多数の近似有毒成分が発見されています。
日本ではAlexandrium catenellaによるホタテガイの毒化が報告されています。
分子式C9H17N7O4 .分子量299(タイプにより異なります)8.バイ貝(ばい貝、バイガイ)貝毒のスルガトキシン(Surugatoxin)   

 
すだれ貝サキトキシンの近縁毒素としてスルガトキシン(Surugatoxin)があります。
1960年代に駿河湾の静岡県で発生したバイ貝の中毒多発を受けて、名城大学薬学部岡田邦輔教授らによる研究がなされ、1972年に構造が解明されスルガトキシンと命名されました。
さらに、1981年に強毒性のネオスルガトキシン、続いてプロスルガトコシンの構造が明かとなりましたが、いずれも関連のある毒素です。

ネオスルガトキシンには瞳孔散大作用、ニコチン受容体の阻害作用があり、視力減退、瞳孔散大、口渇、腹部膨満、便秘がみられるといわれます(岡田教授の報告より)。
ムラサキイガイ、ホタテガイ、コタマガイなど二枚貝による食中毒の原因物質。 
                                                                          バイ貝は英米名: whelk、英仏名 :bulot (Babylonia japonica, Muricoidea, Buccinidae)
Muricoideaは15種類。Buccinidae(エゾバイ科)は18種類。
日本では、ツブ貝なども含めて、全てバイと呼ばれることがあります。
北海道南部から九州、朝鮮、中国沿岸にかけて広く分布します。

地方によって事故発生貝の種類が異なることがありますが、小粒なジャポニカ品種からは、スルガトキシンやテトロトドキシンの検出が報告され、過去には死者が複数名発生しました。
この品種は割烹や居酒屋で供されることが多いために注意が必要です。
事故は太平洋側の駿河湾、日本海側の新潟県寺泊、若狭湾など広い海域で発生しています。
バイに見られる神経や消化器を犯す貝毒は、渦鞭毛藻類のディノフィシス属(Protogonyaulax、 Dinophysis fortii)が疑われていますが、ホタテ、アサリ、ムラサキイガイ(ムール)、赤貝など、食用のほとんどの貝でみられます。

中毒原因となる赤潮プランクトンの渦鞭毛藻類属(Alexandrium)は貝類の中腸腺、下腸管腺のある内蔵に蓄積するといわれます。
この部分を除き、大量に摂食しないよう注意すれば、かなり防ぐことが出来ます。

米国、イギリス、フランスでは、ウェルク、ブロット(ブロー)とよばれ食用。
特にフランスでは一般的ですが、ヨーロッパでは中毒が多いことで知られており、赤潮時などは貝毒の注意をしています。
イギリスなどでポピュラーなドッグウェルク(dog whelk)と呼ばれるものはNucella Muricoideaで、科(family)が異なります。 9.イモ貝のコノトキシン(conotoxin)の鎮痛作用はモルヒネの100倍毒貝として著名なイモ貝のコノトキシンは特異な作用が新薬開発に大きな期待がされている。
ペプチド毒(peptide toxins)で 11-30のアミノ酸が結合している。
毒素の由来、生理活性などが多様で、詳細に不明部分が多い。
ユタ大学のB. M. Oliveraらの グループにより完全なアミノ酸配列が決められた。
コノトキシンはこれまでに三つのタイプ(α-, μ-, ω-)が発見されており、それぞれ毒素が作用する細胞部位が異なるといわれる。

α-コノトキシンGI(GIomega-conotoxin)が最初に発見された。
カルシュームイオンチャネルのアセチルコリン受容体(nicotinic receptor)を阻害する作用がある(calcium ion channel blocker)。

μ-コノトキシンは三菱化学生命科学研究所が1980年代に沖縄産のイモ貝 を用いてアミノ酸配列を決定したと報告している。
μ -コノトキシンは筋肉のナトリウムチャネル(Na+チャネル)を阻害する。

ω-コノトキシンは痛覚の神経伝達物質チャネルといわれるN型カルシュームチャネルを阻害する。

アイルランド(Dublin, Ireland)のエラン(Elan Corporation)社が開発したジコノチド(Ziconotide)(ブランド名:プリアルト: Prialt)は、イモガイのコノトキシン(conotoxin)を合成した非オピオイド系の鎮痛薬。
モルヒネの100倍以上の鎮痛作用を持ち、進行癌や帯状疱疹(ヘルペス)など、モルヒネや消炎鎮痛薬などが効きにくい激痛に対応するといわれオピオイド・クライシスを救う新薬として期待されていますFDA(米国食品医薬品局)および欧州医薬品局で承認済みです。
https://botanicals.co.jp/library_view.php?library_num=831
 [オピオイド危機:強い副作用を持つオピオイド系鎮痛剤の蔓延乱用が招く腎不全と脳視神経疾患]10. ブレベトキシン(Brevetoxin:BTX)渦鞭毛藻(Gymnodium breve)が原因生物。
ブレベトキシン(BTX)はBrevetoxin Bタイプが1995年, Aタイプが1997年に同定された。
赤潮(red tide)のプランクトン。摂食した広範囲の魚が毒魚となる。
ニュージーランドやメキシコ湾で多発するといわれるが、分子量など詳細は不明。
研究途上の物質。牡蠣がこの毒を持つ例の報告がある。
タイプ6の構造は C50H72O14. 分子量897.初版:2016/04/15改定版:2022/04/032026/04/04

生鮮食材研究家:しらす・さぶろう