世界に知られた日本人と外国人

「格差社会と白洲次郎の思想」

2015/01/30
最終更新:2026-09-08
2000年後半になり「進駐軍(太平洋戦争後の日本占領軍)と堂々と渡り合った男」として白洲次郎氏がマスコミで脚光を浴びるようになった。

米国の核の傘に護られて60年以上。
平和ボケした国民に向けてマスコミは何かをいいたかったのだろう。
NHKもシリーズで短編のドラマを放映し、彼を「気骨ある明治男」
「日本人の誇り高き男」として紹介した。

ただし、誇りを忘れた最近の日本人には理解できないかもしれないが、明治時代には「誇り高き男」が溢(あふ)れていた。
それだけではストーリーの展開がむつかしい。
結局は制作者も俳優も未知の時代に生きた白洲氏が読めず、不自然な誇張演技だけが目立った。

建国以来、外敵との戦争、紛争に負けを知らなかった日本国。
昭和になると、誇り高いどころか井の中の蛙(かわず)的な慢心。
アジア諸国相手に高慢、不遜が蔓延(はびこ)っていた。
そのような時代に青春をすごした男の感性と思想を紹介すべきだったろう。

白洲次郎と英会話」:日本人の国語は英語ではない
 

白洲氏の真骨頂は権力に対する反骨。
その思想を育んだ背景は熟してきた昭和初期の格差社会。
貧富の差が激しく、社会への反発がテロを引き起こし、太平洋戦争の引き金となったとも言われる。
政界、財界、官界、軍部の主要ポストは皇族、華族(武家、公家、明治維新の功労者)、財閥と、その子弟たちが独占していた。


白洲氏の居場所は妻として迎えた樺山伯爵令嬢家の七光り。
ケンブリッジ大学、オックスフォード大学への留学生の主流は華族、財閥の子弟。
鉱山業、貿易業、証券業などで財を成した「成りあがり」の子弟は傍流(ぼうりゅう)。
仲間内はともかく英国での評価は低い。

貴族が闊歩(かっぽ)していた大英帝国。
ケンブリッジ大学へ留学した白洲氏は華族や大財閥子弟に較べれば嫌なことも多かっただろう。
差別的な土壌を体験した白洲氏は氏素性や社会的地位を権力とみなす人種が大嫌い。
当然のことながら勝者の立場で威張り散らす占領軍も大嫌い。
このような日本人は珍しくないが、彼は情報収集力と表現力が異なった。
英語がそこそこ話せたからである。

そこそこと言えども当時は1万人に1人もいなかっただろう。

彼の軽井沢の別荘を訪れたときのこと。
軽井沢ゴルフクラブの新コースを見渡すリビングで元首相の田中角栄氏のエピソードを話してくれた。

ある朝突然、田中氏の秘書がクラブを訪問。
「本日、田中首相がここでゴルフをすることとなった」
「粗相のないように宜しく手配をされたい」。かような主旨だったそうだ。
理事(理事長?)だった白洲氏の返答は「ここは会員制のクラブ。
ゲストはそれなりの手続きをしなければならない。
会員の誰からも話しを聞いていないのでお断りする」。

秘書という仕事は人を誤らす。
自分が権力者になったかのように振舞う人が多い。
白洲氏はそんな風潮に一矢を射るとともに、総理大臣といえども平等な一国民であるという従来の主張を貫いた。
彼から得る教訓は「人は皆平等」「権力者に媚(こ)びるな」「欧米に媚びるな」
「海外情報の重要性」「外国語の重要性」。
当たり前のことであるが、誰もが実践できることではない。

 しらす・さぶろう初版:2009年03月05日:日本人ガンバレ:第三十五話改訂版;2014年12月